花子とアン121話見た感想とネタバレ 宇田川が破局?
花子とアン21週121話「ラジオのおばさん誕生」
放送日時:8月16日(土)8:00~8:15、12:45~13:00
第121話を見てみた感想とネタバレです。
(まだ見てない人は要注意)
語り「大正15年9月1日の明け方、はなの長男・歩が息を引き取りました。1932年(昭和7年)・5月、時代は昭和に変わり、花子は児童文学の執筆に没頭しておりました。日本中の子供たちに楽しい児童文学を送り届けたいという強い思いからでした。3年前に平祐が亡くなり、この家は花子英治と花子だけになってしまいました」
はなと英治は歩・平祐・郁弥の遺影の前に、創刊した雑誌「家庭」を置く。
はな「歩はよろこんでくれてるかしら」
英治「ああ、きっと喜んでくれているよ」
語り「歩の死から6年、二人は歩のことを思わない日はありませんでした」
かよのカフェ-では、青凛社の雑誌「家庭」の創刊を祝って祝賀会が開かれる。
祝賀会には、はなと英治を始め、醍醐、蓮子、梶原、かよ、宇田川、そして女流大物作家・長谷部汀が参加していた。
英治は「家庭」創刊の挨拶をして乾杯をする。
汀は、「王子と乞食の出版したところの雑誌ならぜひ協力したいと思ったのよ」と話す。
語り「大震災で会社を失った梶原も、ようやく総文堂を再建することができました」
梶原は畏まった口調ではなにこれからどんな文学を書きたいのかとインタビューする。
醍醐は梶原へ、今のはなは小説の児童文学の他に、翻訳、随筆と大活躍中と説明し、今から予約しておいたほうがいいわよと話す。
蓮子ははなに一体いつ寝てるの?と冗談を言って微笑む。
汀はそんな蓮子も、自分の半生を書いて映画化までされたことを褒めたたえる。
すると宇田川は、蓮子は常に世間の注目を浴びていたいのよと言い、蓮子の中国風の服装についても嫌味を言ってくる。
はなは蓮子に気を遣って英冶と顔を見合わせると、宇田川へ震災の時に出会った男性とはどうなったのか聞く。
すると宇田川は、「あれは錯覚でした」と話す。
宇田川はとっくに男性と別れていたのだった。
何となく嫌味を言ったり荒れていたのはそのせい?だったようです。
宇田川「ほっといて」
夕方、醍醐が吉太郎とどうなったのかの話題になる。
吉太郎は上官から結婚を許可されなく結ばれていないが、醍醐はずっと吉太郎を待っていると話す。
そんな醍醐は、これら仕事に生きていくと覚悟をしていた。
日もくれる頃、英冶と龍一が入ってきて、その後ろから息子・純平と娘・富士子が「お母様」と呼ぶ。
はなは、ごきげんようと挨拶をする。
龍一は連と子どもたちとの温かい日常を少し話す。
帰りがけ、蓮子は明日はなに会わせたい人がいると言い、帰っていく。
次の日、仕事をしていたはなの元には子供たちがお話しを聞きにやってくる。
「お話しのおばさん、お話し聞かせて!」
はなは何の話しがいいか聞くと、子どもたちは口を揃えて「王子と乞食」と言う。
はな「ある日、ロンドンの片隅に住んでいたキャンティーという貧乏人の家に男の子が産まれました。それと同時にチューダー家でも一人の男の子も産まれました・・・」
そんな時、蓮子はかつて福岡で伝助などのことを書いていた新聞記者の黒沢を連れて来て紹介する。
黒沢「JOAKのラジオ局で番組を作っております黒沢と申します」
黒沢は福岡の新聞記者を辞めた後、「JOAK」というラジオ局に務めていたのだ。
はな「あの・・・ご用件というのは?」
黒沢「村岡花子先生、ぜひ我々のラジオ番組に出演してください。」
はな「てっ・・ラジオに!?」
語り「てっ・・花子がラジオ番組に?ごきげんよう、さようなら」
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121話の感想
はなと蓮子は仕事も順調、宇田川は破局、醍醐と吉太郎は結ばれていなく、そしてラストはながラジオに出演と、今後のストーリーも変わっていきそうですね。